農村は伝統的な価値を継承するだけの場所でしょうか?いえ、決してそんなことはありません。
今日本、世界の各地で新しい価値を生み出すような創造的な取り組みが行われています。創造的な取り組み、といっても都市のような、新しさやトレンドで勝負するようなものとはまた異なっています。農村には、守るべき日本のふるさとのような自然景観や文化があり、けれどもそのままではただ廃れていってしまうようなものもあります。そこで、創造的資源継承というコンセプトを立ててみました。
資源を継承するということは次世代にとっては一見荷が重い責任です。いくら文化的価値、生態学的価値が高くて…と言っても、その価値を実感することができなければ、意味のない言葉になってしまいます。農村には沢山の有形、無形の資源があり、その資源にふれることで創発される、人間のクリエイティビティがあります。例えば、私がフィールドとしている、新潟県の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭、kamikoaniプロジェクトでは、アーティストたちが、その資源の美しさや複雑さ、希少さを作品という形で表現し、訪れる人達を魅了しています。
アーティストだけではありません。地域おこし協力隊といった若い世代が農村に移住し、次々と新しいサービスや商品を開発しています。
このような、農村の資源を創造的に継承していく、そんな楽しく豊かな活動が実現されるための条件はなんなのでしょうか?また、創造的継承活動を支える人材とはどのような人で、どうすればそういった人が集まったり、育ったりするのでしょうか?
このような問いを立て、4年間研究に取り組みました。
4年間で研究によって何が明らかにできるか考えるため、創造的継承を実現するためのモデルを考えました。
モデルは構造Iと構造Ⅱの部分に分かれています。
構造Ⅰは創造的な活動に関わるメカニズムで、構造Ⅱは資源維持活動への参加に関わるメカニズムです。それらふたつの構造を結びつける心理、行動面での要因を解明し、創造的プロジェクトと資源維持活動の統合を実践しました。
このモデルを精緻に検討するための材料として、インタビューに基づく定性的分析と質問紙調査による定量的分析を組み合わせ、
①プロジェクトにおける「創造性」の構成概念
②「創造性」による「SC」「寛容性」等の効用創出メカニズム
③創造性と地域資源への興味、資源維持活動への参加意欲との関係
を明らかにしました。このモデルをもとに
④兵庫県東条川疏水、東播用水地域での疏水維持活動において創造的な資源継承を実践し、効果を検証しました。
それでは、それぞれの調査をご紹介します。
1.大地の芸術祭でのインタビュー
新潟県十日町市と津南町を舞台に、2000年から大地の芸術祭妻有アートトリエンナーレというプロジェクトが行われています。760km3 に約360もの作品が点在する里山の環境はまさに創造的継承が行われている場所です。この芸術祭について継続的に調査を行い、創造的な人材がどのようにして集積し、育成されているかを調べています。2018年には地域の起業家や事業者の方にインタビューを行い、芸術祭との連携をどのように商品やサービスのブランディングに位置付けているか、を調べました。元々の地縁をきっかけとして事業を始められていても、芸術祭があることで、知名度を向上したり来場者へアピールできていることがわかりました。農産物についても、芸術祭開始当初に短期的な利益を目指した販売に走らなかったことにより、ホテルやレストランに使用されるという価値の高いブランディングが可能になっていました。
2.とよなか地域創生塾での人材育成についての外部評価
大阪府の豊中市は、大阪と京都と神戸の間に位置し、新大阪駅や伊丹空港にほど近い、交通の利便性が高いベッドタウンとして、長年居住する住民と転勤族が入り混じっています。人口増加に伴う環境問題の中で市民活動が成長し、さまざまな活動が展開しています。その中で、2017年に「とよなか地域創生塾」がスタートしました。まちなか大学院として、質の高い学びができる場所として位置付けられましたが、その実際はどうなのか?4年間にわたり、インタビュー調査、アンケート調査を行いました。結果、個人としての学びよりも、そこで出会う人々とのネットワーク形成の効果が大きく、能力の高い個人が出会うことで新しい活動が創造されています。一方で、学びの中で寛容性が向上するとした仮定は覆され、異なる性別や年齢のメンバーでのチームワークに苦しむ姿が浮き彫りになりました。しかし、創生塾への参加を通して、居住する地域活動への参加度も上がり、市全体としてソーシャルキャピタルを向上する動きに繋がっていることが伺えます。
3.東条川疏水ネットワーク博物館でのアートプロジェクト
疏水とは、水を引っ張ってくるという意味です。水がない場所に水がある場所から引っ張ってくる。それは容易なことではなく、少しでも水が漏れて無駄にならないように、高度な土木技術を必要とします。兵庫県の東条川疏水地域では、昭和池や東条湖の鴨川ダムなどの貯水池を重要に繋ぐ疏水のネットワークにより、稲作が可能となり、特A米の山田錦の栽培地となりました。しかし、農家の減少により、段々と疏水のことを知る人は減ってきています。地域の重要な資産である東条川疏水について、知り、学び、新しい創造的継承が実現されていくよう、アクションリサーチを行なっています。2020年度には大学生や移住者らを繋ぐ疏水フォトコンテストを行いました。疏水にまつわるストーリーが集まりました。疏水を継承できる創造的な活動とは何か、実践しながら答えを探しています。
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